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今週の一本勝負
2008年1月〜6月


シンプル・プラン
   A Simple Plan
2008年6月30日 
監督:サム・ライミ
主演:ビル・パクストン
    ブリジット・フォンダ

        
        
田舎の肥料店で働くハンク(ビル・パクストン)は、兄のジェイコブ(ビリー・ボブ・ソーントン)、兄の友人のルー(ブレント・ブリスコー)と父親の墓参りに行った帰りに、森の中で雪に埋もれたセスナ機を見つける。さらに中から440万ドルの現金を見つけた3人は、自分たちのものにしようと計画するが……。
サム・ライミが正攻法で撮った秀作と言える作品。「シンプル」な計画だったはずが、少しずつ狂い始めて、気がついてみると登場人物たちは引き返せなくなっている。その場面場面での登場人物の心理を表情で伝えようとするところがよい。セリフに頼らない作り方に好感が持てる。登場人物が少なく、舞台となる田舎町は雪の中で、ストーリーにも明るさはないのだが、2時間を長く感じさせないのは、演出と役者のうまさがあったからだろう。中でもビリー・ボブ・ソーントンは難しい役どころをうまく演じている。一方、監督は美しく見せようといろいろ工夫をしていたように見えたが、ハンクの妻サラは中途半端な人物になってしまい、ブリジット・フォンダは魅力を出し切れていなかった。


パンズ・ラビリンス
   El Laberinto del Fauno
2008年5月26日 
監督:ギレルモ・デル・トロ
主演:イバナ・バケロ
    セルジ・ロペス

        
        
1944年、フランコ政権に反発するゲリラを鎮圧するために山奥に駐屯していたビダル大尉(セルジ・ロペス)と再婚したカルメン(アリアドナ・ヒル)は、娘のオフェリア(イバナ・バケロ)を連れて、ビダル大尉のもとを訪れる。オフェリアは妖精に導かれて迷宮の奥深く入り込み、パン[牧神](ダグ・ジョーンズ)から、意外なことを聞かされる。そして……。
PG-12指定の社会派ファンタジー。オープニングの、横たわった少女の顔から流れていた血が逆回しでもとに戻っていく場面の異様さで、気軽に見られる作品でないとは思ったが、これほどまでにダークな作品とは……。
ビダル大尉はフランコ政権の象徴で恐怖による圧政を実践する。ゲリラたちは果敢に立ち向かう。一見、ゲリラたちを称えているかのようだが、オフェリアがパンから与えられる3つの試練と結びつけて考えると、最後の「無垢な者のために血を流す」というところがひっかかる。ビダル大尉はもちろんだが、ゲリラたちにもこういった気持ちはない。人間の行いの不条理さなどを伝えたいのだろうか? それにしては、口を切ってしまうシーンやその後で縫うシーンなど高尚さのかけらも感じられないシーンがあったりして、全体をどう捉えてよいのかわからない。ストーリー展開やカメラワークは面白いが、やりたいことを詰め込みすぎた感がある。


腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
    
2008年5月2日 
監督:吉田大八
主演:佐藤江梨子
    佐津川愛美

        
        
交通事故で亡くなった両親の葬儀のために東京から帰省した和合澄伽(佐藤江梨子)。澄伽は女優になるために上京したが、鳴かず飛ばずだった。澄伽は自分が特別な存在であると信じて疑わず、成功できない理由はすべて他人にあると思っているような女性だった。実家で、母の連れ子だった兄の宍道(永瀬正敏)、兄嫁の待子(永作博美)、そして実の妹の清深(佐津川愛美)との生活が始まるが……。
オープニングの交通事故の凄まじいシーンが物語のきっかけではなく伏線になっていたり、澄伽の過去が明らかになるたびに現在の行動に納得がいくようになっていたりと、なかなか凝った作品である。壊れた扇風機の使い方も面白い。なぜ、動かないのに出しっぱなしなのだろうかと思っていたら……。
そして、この作品の中で一番輝いていたのは、何といっても待子を演じた永作博美。登場したと思ったとたんに突き飛ばされてコロコロ転がり、ヘンな人形作りに夢中になっていて、不幸な境遇だったためか底抜けに明るい。思いっきりわがままな澄伽と対照的な存在である待子は、とても難しい役どころではないかと思うが、永作博美は見事だった。
「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」という言葉を言えるのは待子だけではないだろうか?


エディット・ピアフ 〜愛の讃歌〜
   La Mome
2008年4月22日 
監督:オリヴィエ・ダアン
主演:マリオン・コティヤール
    シルヴィー・テステュー

        
        
路上で歌を聞かせて生活していた母によって祖母の経営する娼館に預けられた後、路上で大道芸を見せ日銭を稼ぐ父と生活するようになったエディット・ジョヴァンナ・ガション(マリオン・コティヤール)。路上で歌っていたところをクラブのオーナー、ルイ・ルプレ(ジェラール・ドパルデュー)に認められ、“ピアフ(雀)”としてデビューする。彼女の歌唱力は観客を魅了し、瞬く間にスター歌手となる。アメリカへも進出し、ボクサーのマルセル(ジャン=ピエール・マルタンス)との幸せな日々を送る彼女だったが……。
マリオン・コティヤールがとにかくすばらしい。ステージで歌いだすまでのおどおどした様子をかわいらしく演じたかと思うと、スターにありがちなわがままぶりを憎たらしさたっぷりに見せてくれる。そして、晩年の薬でぼろぼろになった姿は本当に痛々しい。“Taxi”のヒロインがこんなにもすばらしい女優になるとは。
カメラワークも凝っていて、特にアメリカのホテルで飛行機事故の知らせを聞く場面は秀逸。ホテルの部屋から部屋へ移動するピアフと追いかけるカメラ。時にはピアフと違うルートでカメラが動き、事実を知ったピアフの絶叫。そしてステージへ。お見事!
時間軸を統一させない展開は少しうるさく感じるが、よくできた作品だと思う。


ゾディアック
   Zodiac
2008年4月16日 
監督:デヴィッド・フィンチャー
主演:ジェイク・ギレンホール
    マーク・ラファロ

        
        
1969年7月4日、ドライブ中のカップルが何者かに銃撃された。1か月後、新聞社に犯行声明文と暗号文が送り付けられ、新聞記者のポール・エイブリー(ロバート・ダウニー・Jr)や風刺漫画家のグレイスミス(ジェイク・ギレンホール)は、この事件に夢中になっていく。警察の捜査にもかかわらず、“ゾディアック”と名乗る犯人の犯行は続き、事件にかかわる人々の人生にも影響を与え始める。
アメリカで実際に起こった未解決事件をもとにした作品。監督のデヴィッド・フィンチャーで連続殺人といえば“セブン”が思い出されるが、いかにも作り事であった“セブン”に対し、事実に忠実な展開の中で良質のサスペンスを見せてくれている点で、この作品のほうが好きである。もっとも、映写技師の家の地下室の場面のように観客を脅かしたいがための場面があったりもする。フィンチャーが監督なのだから当然といえば当然だが。一番フィンチャーらしくないのは、未解決の事件を扱ったためラストにすっきりとした結論がないことだろう。“セブン”のような衝撃ももちろんない。
作品の後半は、事件に取り憑かれたようなグレイスミスが描かれる。家族を省みずに事件にのめりこむというパターンはよくあるが、担当刑事のデイブ・トースキー(マーク・ラファロ)や同僚だったポールが事件から離れざるを得なくなる過程なども描かれていて、見ごたえがある。男たちの執念と挫折が複雑に絡み合った展開を、派手さを抑えた演出で描き出している。こんな作品を撮ったデヴィッド・フィンチャーの今後が楽しみである。


ハイヒール
   Tacones Lejanos
2008年3月17日 
監督:ペドロ・アルモドバル
主演:ヴィクトリア・アブリル
    マリサ・パレデス

        
        
15年振りにメキシコから帰国したベッキー(マリサ・パレデス)は往年の人気歌手だった。娘のレベーカ(ヴィクトリア・アブリル)は小さい頃に別れたきりの母を、複雑な思いを胸に出迎える。レベーカは自分がキャスターをしているテレビ局の社長マヌエル(フェオドール・アトキン)と結婚していたが、マヌエルはベッキーのかつての恋人であった。そして、1か月後マヌエルが別荘で殺されてしまい……。
ペドロ・アルモドバルは、女性の描き方がやはりうまい。母と娘というテーマは、この後“ボルベール <帰郷>”でも描かれるが、すでにこの作品でひとつの完成品を作っている。母への愛憎を併せ持つ娘と、娘への愛情と男性への愛情との間で男性への愛情を優先させてしまう母親。しかし、母親であるベッキーは娘のことを思いながら「わたしを思って」と歌う。演じるマリサ・パレデスがすばらしいし、舞台にキスをし、そのキスマークに涙が落ちるという演出も見事。
小道具や色の使い方はさすがアルモドバル。オープニングの空港の場面では、レベーカが真っ白なスーツなのに対し、ベッキーは真っ赤なスーツ。ベッキーに会う直前にレベーカは幼いときにベッキーから買ってもらったイヤリングをつける。しかしベッキーがそのイヤリングに気づくのはかなり後になってから。フラッシュバックも交えながら親子の微妙な関係をオープニングの短い時間でしっかりつかませてくれる。また、ベッキーが住む地下の部屋の壁の青も効果的である。
いまいちだったのは、いかにもという髭のドミンゲス判事(ミゲル・ボゼ)。アルモドバルはサスペンスよりも人間関係を重視するためか、ストーリーを展開させる中心的な役割にもかかわらず、描き方が雑なように感じられる。


ザ・プレイヤー
   The Player
2008年3月4日 
監督:ロバート・アルトマン
主演:ティム・ロビンス
    グレタ・スカッキ

        
        
ハリウッドの大手映画スタジオの重役であるグリフィン・ミル(ティム・ロビンス)は、製作する映画を決定するために毎日多くの脚本家や監督と会い、彼らの売り込みの多くをボツにしてきた。そんなグリフィンのもとに脅迫の絵葉書が送られてくるようになる。また、20世紀フォックスから業界でも有名なプロデューサーを引き抜くという噂が流れ、グリフィンは自分のクビも心配になっていた。ある日、絵葉書の送り主に目星をつけたグリフィンはその男に会いに行くのだが……。
グリフィンが作品中でヒットする映画に必要な条件を言う場面があるが、その条件をすべて備えたブラックなエンターテイメント作品。冒頭、舞台の映画スタジオの紹介をカメラを移動させながらのみごとな長回しで見せる。登場人物に「最近の映画はカットばかりだ。オーソン・ウェルズの『黒い罠』のオープニングの長回しは……」「ヒッチコックの『ロープ』は……」などのセリフを言わせながらである。そして最近のハリウッド映画を劇中で何度も批判する。グリフィンが行くことになる映画館で上映していた作品は『自転車泥棒』であるし、作品の最後に試写を行う映画の脚本家はリアリティにこだわる(この劇中映画は後にティム・ロビンスが脚本・監督を務めた『デッドマン・ウォーキング』を思わせる。スーザン・サランドンが出ているし……)。しかし、グリフィンがジューン(グレタ・スカッキ)を連れて行った砂漠の中のスパ・リゾートをジューンは「映画みたい」と表現したり、サスペンスを強調したい場面では思わせぶりな演出が多かったりと、作品には意識してハリウッド的な要素をちりばめている。
そして、最後にグリフィンが車の中で聞く企画と、作品の一番最初がカチンコだったことを考えると、この作品そのものが……?
有名作品のパロディもいたるところにある。一番好きなシーンは、『地獄の黙示録』を意識した泥風呂のところ! これにはやられた。


ある日、突然。
   Tan de Repente
2008年2月24日 
監督:ディエゴ・レルマン
主演:タチアナ・サフィル
    ヴェロニカ・ハサン

        
        
ちょっと(?)太目のマルシア(タチアナ・サフィル)は、ブエノスアイレスにあるあまり客の来ないランジェリー・ショップで働いていた。ある日、ショートヘアの2人組の女の子、マオ(カルラ・クレスポ)とレーニン(ヴェロニカ・ハサン)にナイフで脅され拉致られるようにして旅にることになってしまう。タクシーの運転手を脅してタクシーを奪う2人におびえていたマルシアだったが、海を見たことがないとふと漏らしたマルシアの一言から、2人が海に連れて行ってくれたことをきっかけに、少しずつ心境に変化が訪れる。そして、……。
マルシアがランジェリー・ショップで同僚と占いの話をしている時点で、突然何かが起こることは予期でき、ナイフで脅され、奪ったタクシーに乗せられ、目隠しをされ、という展開から、2人のハチャメチャさがマルシアを変えていくのかと思っていた。しかし、そんなありがちのつまらない作品ではなかった。レーニンの大叔母ブランカ(ベアトリス・ティボーディン)の家では3人の心理が微妙に絡み合い、3人それぞれの心が変化していく。3人は別々の行動をとるが、それは作品前半のような派手な行動ではない。派手さはないが、細かい出来事を通して3人の心情が変化していく。3人の行動を並行して見せることでその変化の過程をうまく描き出している。また、モノクロの映像が醸し出す雰囲気も効果的だった。


さらば冬のかもめ
   The Last Detail
2008年2月12日 
監督:ハル・アシュビー
主演:ジャック・ニコルソン
    ランディ・クエイド

        
        
アメリカ海軍のバダスキー(ジャック・ニコルソン)とマルホール(オーティス・ヤング)は、基地の募金箱から40ドルを盗もうとした罪で8年の罪を宣告されたメドウズ(ランディ・クエイド)を、ポーツマスにある海軍刑務所に護送することになった。少し型破りなバダスキーは、盗もうとしただけで8年の実刑を受けることになった未成年のメドウズに同情したのか、途中の町で酒盛りをしたり女を世話してやろうとしたり……。
70年代の匂いがプンプンだが、いい意味で最近の作品にない味わいを持った作品。登場人物の描き方がしっかりしていて、大きな事件が起こらなくても十分に楽しめる。バダスキーは破天荒で、相棒のマルホールは生真面目、そして、メドウズは盗み癖があり内向的な性格。典型的な3人なのだが徐々に意気投合していく。その描き方がさらっとしていて心地よい。ハンバーガーの溶けたチーズが好きだというメドウズの注文したハンバーガーが、注文に反してチーズの溶けていないものだったとき、メドウズはそのまま食べてしまおうとするが、バダスキーは店員に突き返せという。それが旅を続けていくとメドウズは自ら文句を言うようになる。1つひとつの小さなエピソードを通じて登場人物を描くところがうまい。
楽しく旅は続く。でも、これは70年代の作品で、そのまま終わるはずがない。軍への批判とともに少し後味の悪さを残しながら作品は終わるのである。


ゆれる
    
2008年1月22日 
監督:西川美和
主演:オダギリジョー
    香川照之

        
        
カメラマンの早川猛(オダギリジョー)は母の法事で久しぶりに帰省する。ガソリンスタンドを経営する父(伊武雅刀)は自由奔放な猛を快く思っていないが、兄の稔(香川照之)は猛に優しく接してくれる。その日、猛は、稔の下で働いている、かつて2人の間には何かがあったと思われる川端智恵子(真木よう子)を車で送るが、智恵子の部屋で……。翌日、稔の提案で近くの渓谷に出かけた3人だったが、智恵子が吊り橋から落ちてしまい……。
吊り橋も、女心も、事件の真相も、親子の関係も、兄弟の関係も、すべてが「ゆれる」作品。ついでに評価もゆれるのではないだろうか。セリフを少なくして、エピソードや映像から登場人物の心情を読み取らせようというタイプの撮り方には、とても共感を覚える。オダギリジョーで、暗めの内容だから効果的である。猛がキレル場面で、大声を出すオダギリジョーはなんだか様にならないが、香川照之はいい感じだった。法廷で話していないときの表情やしぐさに感心させられた。また、話の展開の中にくどい描写がなく、当然こうなると想像のつくシーンは見せずに次のシーンへと移っていくところも心地よい。
しかし、119分を長く感じたのは、猛の父と弁護士である叔父(蟹江敬三)との関係や、智恵子の母の描き方が物足りなかったからか? テーマをはっきりさせようとして入れられたであろう父と叔父の確執は、稔と猛にそのまま引き継がれていたということなのだが、居酒屋でそれまでの稔の弁護に対する感謝とこれからの引き続きの弁護をお願いして叔父に頭を下げる父の姿以降2人の関係は描かれない。そして父はボケてしまう。智恵子の母も法廷シーンであれだけ顔を見せておきながら、猛の父からのお金を返して以降は描かれない。なんだかすっきりしない。


ボルベール <帰郷>
   Volver
2008年1月11日 
監督:ペドロ・アルモドバル
主演:ペネロペ・クルス
    カルメン・マウラ

        
        
ライムンダ(ペネロペ・クルス)と娘のパウラ(ヨアンナ・コボ)、ライムンダの姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)は母の墓参りに行った故郷のラ・マンチャで、伯母のパウラ(チュス・ランプレアベ)を訪ねる。ボケてしまいパウラとソーレのことを忘れてしまっていた伯母だったが、よく見えないはずの目で料理をしているなど、少し不可解なことが。そんな伯母が亡くなったという知らせが、伯母の隣人のアグスティナ(ブランカ・ポルティージョ)から、しばらくして届いたが、ライムンダの家では娘のパウラに関係を迫った父親がパウラに刺し殺されてしまっていた。娘を助けるために事後処理に必死になるライムンダ。一方、伯母の葬儀に行ったソーレは死んだ母イレネ(カルメン・マウラ)の幽霊話を耳にする。そして、葬儀から帰ってくると……。
カンヌ国際映画祭がペネロペ・クルス、ヨアンナ・コボ、ロラ・ドゥエニャス、チュス・ランプレアベ、ブランカ・ポルティージョ、カルメン・マウラの6人全員に女優賞という異例の大盤振る舞いをしたのも納得できる。彼女たちはすばらしかった。相変わらず少しブラックなのだが温かみのあるストーリーの中で、アルモドバル作品のかつての常連であったチュス・ランプレアベやカルメン・マウラにロラ・ドゥエニャスを加えたおとぼけ組とペネロペ・クルスのやり取りが絶妙! アルモドバルの演出がピタリとはまっていた。
また、冒頭の墓地のシーンから全編を通してアルモドバルらしい映像が炸裂していて楽しませてくれる。画面の中に美しく映える原色、凝ったカメラワークが独特の雰囲気を与えている。伯母の家の前の道は色らしい色がなく室内は青いイメージだが、ソーレの車は真っ赤。ライムンダの家の中やソーレの家の中はカラフルな色があふれている。暖色と寒色を使い分けた画面の作り方が見事である。
ところで、エンドクレジットはヒッチコックの“北北西に進路を取れ”を意識しただろうか。そういえば音楽も……。


バベル
   Babel
2008年1月3日 
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・
    イニャリトゥ
主演:ブラッド・ピット
    ケイト・ブランシェット

        
        
モロッコに住むアブドゥラ(ムスタファ・ラシディ)一家。息子のアフメッド(サイード・タルカーニ)とユセフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)は父が手に入れた銃を持ってヤギを山に連れて行くが……。
アメリカ人のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)は2人の子どもを家政婦に任せてモロッコに旅行中だが、夫婦の関係はうまくいっていない。2人がバスで移動中……。
メキシコ人のアメリア(アドリアナ・バラーザ)はアメリカで家政婦として働いていた。雇い主の夫妻の留守中、夫妻の2人の子どもの面倒を見ていたが、メキシコでの息子の結婚式の日に夫妻が帰れなくなり、仕方なく2人の子どもを連れて行くが……。
日本人のチエコ(菊地凛子)は耳が不自由なために聾唖学校に通っている女子高生。障害を持った自分に強いコンプレックスを感じている。父親のヤスジロー(役所広司)との関係もギクシャクしているが……。
4つのエピソードを時間をちょっとずらして同時に描いた作品。この監督は心情の描写がうまい。役者に語らせずに表情や情景を通じて伝えようとしている。また、セリフに説明的なものが少なく、見せてくれる作品になっている。
“バベル”というタイトルは「神が人間の言語を分けた」ということを表しているのだろうが、言語の違いというよりもコミュニケーション不足、コミュニケーションの拒否ということがテーマであろう。アブドゥラ親子に対し警官隊は容赦なく発砲するし、国境警備員はアメリアと子どもたちを乗せた車を運転していたサンチャゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル)の言うことを聞こうとしない(サンチャゴにも責任はあるが)。そして、障害を持つチエコは自分のことを本当にわかってくれる人物を求めている。結局、全員がそれぞれ最悪の経験をすることにより大切なことを知る。
ここまでの経験をしないと人間は学習しないということなのだろうか?


映画への独り言